2008.03.24(Mon)

「六白金星」織田作之助 ~傑作選 

 楢雄は生れつき頭が悪く、近眼で、何をさせても鈍臭い子供だつたが、ただ一つ蠅を獲るのが巧くて、心の寂しい時は蠅を獲つた。蠅といふ奴は横と上は見えるが、正面は見えぬ故、真つ直ぐ手を持つて行けばいいのだと言ひながら、あつといふ間に掌の中へ一匹入れてしまふと、それで心が慰まるらしく、またその鮮かさをひそかに自慢にしてゐるらしく、それが一層楢雄を頭の悪いしよんぼりした子供に見せてゐた。ふと哀れで、だから人がつい名人だと乗せてやると、もうわれを忘れて日が暮れても蠅獲りをやめようともせず、夕闇の中でしきりに眼鏡の位置を直しながらそこら中睨み廻し、その根気の良さはふと狂気めいてゐた。

 これは「六白金星」の書き出し。秀才の兄にくらべ何をやってもどんくさいが個性の強い楢雄(ならお)の孤軍奮闘ぶりを、天才・織田作之助のユーモラスでシャープな筆が活写する逸品。ほかでは代表作「夫婦善哉」や、しぶい才気が光る中編「世相」、死んだ一代をめぐって京都の競馬場から小倉の競馬場へと流れてゆく2人の男のアヤを謎解きのように描いた名作「競馬」などもお奨めです。


   「六白金星」 織田作之助 青空文庫
   織田作之助 - ウラ・アオゾラブンコ
スポンサーサイト
EDIT  |  23:40 |  CM 文庫 ............  | Top↑
 | BLOGTOP |