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2008.03.25(Tue)

「トロッコ」芥川龍之介 ~傑作選 

 小田原熱海間に、軽便鉄道敷設(ふせつ)の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外(はず)れへ、その工事を見物に行った。工事を――といったところが、唯トロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。
 トロッコの上には土工が二人、土を積んだ後に佇(たたず)んでいる。トロッコは山を下るのだから、人手を借りずに走って来る。煽(あお)るように車台が動いたり、土工の袢天(はんてん)の裾がひらついたり、細い線路がしなったり――良平はそんなけしきを眺めながら、土工になりたいと思う事がある。


 これは僕が中学にあがったとき国語の教科書で教わった芥川龍之介の掌編「トロッコ」の書き出し。作業で乗り降りするトロッコに憧れた8歳の良平が、気のいい2人の土工に出会い一緒にトロッコへ乗り込み、いくつもの勾配を登ったり降りたりする。しかし、いつしか、遠い見知らぬところまでついてきてしまった心細さが、良平の心を占領しはじめる。と、そのとき……。

「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」
「あんまり帰りが遅くなるとわれの家でも心配するずら」
 良平は一瞬間呆気(あっけ)にとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途(みち)はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、――そう云う事が一時にわかったのである。良平は殆ど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜(おじぎ)をすると、どんどん線路伝いに走り出した。

 …… 中 略 ……

 蜜柑畑へ来る頃には、あたりは暗くなる一方だった。「命さえ助かれば――」良平はそう思いながら、辷(すべ)ってもつまずいても走って行った。
 やっと遠い夕闇の中に、村外れの工事場が見えた時、良平は一思いに泣きたくなった。しかしその時もべそはかいたが、とうとう泣かずに駈け続けた。
 彼の村へはいって見ると、もう両側の家家には、電燈の光がさし合っていた。良平はその電燈の光に、頭から汗の湯気の立つのが、彼自身にもはっきりわかった。井戸端に水を汲んでいる女衆(おんなしゅう)や、畑から帰って来る男衆(おとこしゅう)は、良平が喘(あえ)ぎ喘ぎ走るのを見ては、「おいどうしたね?」などと声をかけた。が、彼は無言のまま、雑貨屋だの床屋だの、明るい家の前を走り過ぎた。
 彼の家の門口(かどぐち)へ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わっと泣き出さずにはいられなかった。その泣き声は彼の周囲へ、一時に父や母を集まらせた。殊(こと)に母は何とか云いながら、良平の体を抱えるようにした。が、良平は手足をもがきながら、啜(すす)り上げ啜り上げ泣き続けた。その声が余り激しかったせいか、近所の女衆も三四人、薄暗い門口へ集って来た。父母は勿論その人たちは、口口に彼の泣く訣(わけ)を尋ねた。しかし彼は何と云われても泣き立てるより外に仕方がなかった。あの遠い路を駈け通して来た、今までの心細さをふり返ると、いくら大声に泣き続けても、足りない気もちに迫られながら、…………


 少年時代に経験する目新しいものへの強い好奇心や憧れ。しかしそれを手に入れたと思った瞬間、ふいに打ちのめされてしまう現実。ふって湧いた心細さと絶望感、不安、恐怖心といった、少年期特有の心理状態を短い枚数で見事に描き出した一作。(この作品は友人の実話をもとに作られたと記憶しています)

 ほかの芥川作品では、コンプレックスと人間心理の不条理な関係をブラック風味のユーモアで描いた「鼻」(師である夏目漱石が激賞した作品)や、お釈迦様が天上界の蓮池から地獄であえぐ罪人カンダタに垂らした1本の蜘蛛の糸が、そのエゴイズムゆえ彼をふたたび地獄へと突き落としてしまう「蜘蛛の糸」、地震・火事・飢饉で荒廃した京都市中で途方に暮れる下人が、生活の糧を得るため死人の髪を抜く老婆を、今度は自分が生活の糧を得るために襲い、衣服をはぎ取って闇に消える「羅生門」(「今昔物語」を題材にして生まれた作品) …などがお奨めです。


   「トロッコ」芥川龍之介 青空文庫
   芥川龍之介 - ウラ・アオゾラブンコ
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