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2009.02.09(Mon)

松本清張 生誕100年 

 

 夏のうだるような炎天下。捜査は東北地方から大きく迂回して、山陰・出雲地方のとある村にたどりつく。「亀嵩(かめだけ)」。いっぽう、中央本線の電車の窓から無数の紙片をまいていたという謎の女。この2つの点が線となって見えてくるとき、父と子の数奇な運命のゆくえを告げる逮捕のベルが鳴る。

 ……脚本を橋本忍、山田洋次の2人が手がけ、名匠・野村芳太郎が映画化した松本清張の代表作「砂の器」。主演は加藤剛。高校生のとき映画館で見て、ひたすら圧倒されました。あまりにも有名な作品なので筋書きは割愛しますが、後半から終盤にかけて少しずつ物語りの輪郭が見えてくるジンワリ感や格調の高さなど、完璧ともいえる出来栄えで観る者の胸に迫ります。

 今年は、そんな希代の傑作映画の原作を書いた松本清張の生誕100年にあたります。1992年82歳で他界したあとも、その作品がテレビドラマ化や映画化されつづけている松本清張(本名はキヨハルと読みます)。ぼくじしんが読んだなかでは、「ゼロの焦点」がもっとも印象に残っています。

 見合い結婚をしたばかりだというのに、突然、夫が失踪。ひとり残された新妻・板根禎子(26歳)は、自力で失踪した新郎・鵜原憲一の行方を追いはじめます。読みすすめるうちに、すこしずつ、すこしずつ、明らかになってくる夫・鵜原憲一の過去。……(記憶に間違いがなければ)たしか物語りはわずか1週間ほどの出来事・展開だったように思うのですが、にもかかわらず、和製ドストエフスキーともいえる松本清張の筆は読み手をまったく飽きさせず、謎解きの渦中にぐいぐい引き込んでゆきます。最終局面で解き明かされる失踪事件の背景を知ったとき、ああッ! と、……息を呑みます。

 あと、母とふたり暮らしをしている障害のある青年が、小倉における森鴎外の足跡(そくせき)を自分の足で追い続けるさまを描いた芥川賞受賞作「或る『小倉日記』伝」も、秀作として記憶に残っています。松本清張は絵も描く作家で、そのセンスが反映された結果なのかどうかは断言できませんが、タイトルのつけ方が映像的というか、たいへんスタイリッシュです。

 おもな作品)
 「或る『小倉日記』伝」、「点と線」、「ゼロの焦点」、「黒い画集」、「砂の器」、「わるいやつら」、「日本の黒い霧」、 「けものみち」、「昭和史発掘」、「黒革の手帖」、「迷走地図」、「疑惑」 ……など。

 付記)
 松本清張のデビュー作ともいえる懸賞小説入選作「西郷札」を書いたのが41歳のとき。2作目の「或る『小倉日記』伝」が第28回芥川賞を受賞したのがその3年後の44歳のとき。この時点ではまだ地元・北九州にいました。そのあと、まず単身で東京に移り住み、翌年、45歳になる年に家族を東京に呼び寄せています。そして作家として筆1本の生活に入るのが、その2年後の47歳の年です。

  芥川賞受賞の「或る『小倉日記』伝」は、当初は直木賞の候補作でした。しかし内容的に純文学作品であるとして、急きょ芥川賞の候補作にまわった稀有な作品です。……受賞の賛否がわかれた芥川賞の選考では、坂口安吾が松本清張の資質と作品の水準の高さを称賛しました。

 このほかに、現代日本文学全集の編纂の過程で、中心的立場にいた三島由紀夫が松本清張の全集本入りを徹底して拒んだ結果、全集から漏れた、という一件があります。これはあとあとまで三島由紀夫と松本清張との確執を生む「しこり」となりました。


 松本清張 生誕100年記念 公式サイト

 松本清張記念館 公式サイト

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