2008.01.20(Sun)

ETV特集~詩人・金子光晴~ 

  去年(2007)夏、東京の古書店で見つかった詩人・金子光晴(1895~1975)が家族3人の作品を集めてつくった手書きの私家版詩集「三人」(38編)。

 この未刊詩集をひもとき、これまで知られていなかった光晴の詩の原点を、光晴の孫娘(「若葉」さんか「なつめ」さん)と、在日アメリカ人の詩人ア-サ-・ビナ-ド氏がさぐる。

 昨年8月に古書市で発見されたのは、この詩人をよく知る人にとってはすぐに思い浮かぶ戦中の一時期、 - 昭和19年、妻・森三千代(愛称チャコ)と1人息子・森乾(愛称ボコ)の3人で山中湖畔に疎開していた時期に、光晴本人が家族3人の詩を自筆で清書して作ったという私家版の詩集。

 放浪体験がさらに磨きをかけた詩人の戦争嫌悪の姿勢は徹底していて、ぜんそく体質の息子・乾(けん)さんを徴兵から逃れさせるため、重いリュックを背負わせて遠い道のりを何度も往復させたり、松葉を燻(いぶ)した煙を吸わせたりもしています。反戦でつかまるのを恐れて当局の目を逃れても、結局は戦争にかりだされて死ぬ。そんな思いが詩人の中には渦巻いていました。

    人よ。なぜ人生を惜しまない。
    こまやかな人間の生を、
    なぜもっといつくしまない。
    夜々、重い爆弾を抱いて
    人の街のうへにはこぶのは誰だ。
    また、誰のために何をまもるか。
    むなしいもののためのさらに
    むなしいあらそひよ!

(「裏冨士にて」)

 発見された手書き詩集全38編のうち光晴の詩は24編。他の14編は妻の三千代さんと息子の乾さんの作品。 ……夫婦で続けたながいながい海外放浪から帰国。そして戦争。たったひとりで反戦の詩を書きながら、空襲を逃れてたどり着いた山中湖畔の粗末なバンガロ-。家族3人がつつましく身を寄せ合い、みずから野菜をつくり、1つのコタツで足を暖めあって過ごした時代の、詩人一家の心象風景です。

  ETV特集 「父とチャコとボコ~金子光晴・家族の戦中詩~」
  1月20日(日) 午後10時00分~11時00分

 注記) ETV特集サイトの番組案内の本文に記載された、最初の渡欧後出版された詩集名の「コガネ虫」は誤り。正しくは「こがね虫」(厳密には「こがね蟲」)です。

  
  
  反戦詩、生んだ家族愛 金子光晴の私家版詩集見つかる

 手書きの未刊詩集が見つかったのを機に、番組で疎開中の詩人の足跡をたどったのは、孫娘(次女)の夏芽(なつめ)さんでした。若葉さんはそのお姉さんです。

 愛称の由来ですが、妻・三千代さんの場合は、母校である「お茶の水女子高等師範」の「お茶」からとって「チャコ」、息子の乾さんの場合は、幼い時分に「ぼく」をうまく言えないで「ぼこ」といっていたところから、その名残りそのままに「ボコ」と……。

 それから番組では触れませんでしたけれども、乾(けん)さんの名付け親は、俳人で小説家の佐藤紅緑(詩人・サトウハチロー、作家・佐藤愛子の父)。


【More・・・】

 最初のヨーロッパ渡航から帰国後に出版した詩集『こがね蟲』で絢爛たる世界を築きあげ、前途洋々のパルナシアンとして出発したはずの詩人金子光晴。しかし、直後に起こった関東大震災がいっさいを御破算にし、その後も、妻の色恋、金、詩、人間関係、そして自分自身まで、どれもこれもがどん詰まりになってゆく

 やがて詩人は、妻・森三千代とともに、いつ果てるとも知れない、ながい放浪の旅にでる。東京をあとにし、名古屋、大阪、神戸と西下しながら旅費を工面し、妻の実父・森幹三郎の赴任先である長崎にひとり息子・乾(けん)を預け、そこから上海~香港~シンガポール~ジャワ~マレイ~パリ~ブリュッセル~ふたたびシンガポール~ジャワ、……というふうに、足かけ7年におよぶ放浪のすえ、ようやく帰国。

 『どくろ杯』『ねむれ巴里』『西ひがし』は、その放浪の発端から、往路・復路のありようを、詳細につづった自伝3部作。 これに『マレー蘭印紀行』を加えて自伝4部作といわれることもあります。



 補) 中学生のとき出会っていらい、この詩人とのお付き合いはかれこれ35年あまりになります。詩人は、死んだあとで掘りだされ騒がれるのは恥だから、そんなヘマだけはするな(「偈」)と書いていますが、戦中の詩がそうであるように、言葉がかなりの含みを持っていたり、時にはまったく正反対の意味であったりもするので、「表現を吟味する用心」というものも必要かもしれません。

 死後に掘りだされ騒がれるというのは、平たくいうと、うわっつらなミーハーどもに「ちやほやされる」ということを意味していて、いずれ流行期が過ぎればポイと捨てられる。所詮はその程度の理解にすぎない。人をバカにした話だけれども、ついいい気になった自分はもっとバカだ。そんなことは恥だから、ヘマなことにならないよう、生きているうちから、何事にも油断するな、とまあそういう意味なんでしょう。

 この「偈」(げ)という詩の末尾に脚注みたいに小さい字で付記している「中原中也とか、宮沢賢治とかいう奴はかあいそうな奴の標本だ」というのも、犠牲者として捉えている面もあるかもしれません。


じじいを木から振り落として 食った時代がなつかしい。
 
(「無題」金子光晴)

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テーマ : 詩・想 - ジャンル : 小説・文学

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